東京大学医学部附属病院 予防医学センター

健康コラム

健康コラム

循環器病(脳卒中等)対策基本法と予防医学

(1) 循環器病(脳卒中等)対策基本法

昨年12月、社会保障政策の要である「健康寿命の延伸」の具現化に向けた新たな法律、「循環器病(脳卒中等)対策基本法」(正式名称:健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法)が、日本循環器学会(小室一成理事長)と日本脳卒中協会(峰松一夫理事長)の連携のもと衆議院本会議にて可決、法案が成立しました。同法は、脳卒中や心筋梗塞など循環器病の「予防推進」、「適切な医療体制の整備」、「教育ならびに啓発」、「研究の推進」を主柱とし、国民の健康寿命の延伸と医療介護の負担軽減を実現することを目的とします。法案の成立を見据えて先行作成した「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」では、重要3疾患として脳卒中・心不全・血管病をあげ、脳卒中と循環器病による年齢調整死亡率を5年間で5%減少させることを大目標に設定しています。

(2) 循環器病の病態と疫学、心不全を中心に

日本人の死因の第1位は悪性新生物、第2位は心疾患、第3位は脳血管疾患ですが、心疾患と脳血管疾患の両者を合わせると、後期高齢者での死亡者数は悪性新生物を凌駕し、死因の第1位となります。また後期高齢者において悪性新生物の2倍の医療費を費やすこと、そして脳卒中と心臓病を合わせた「脳心血管病」の罹患数が増加傾向にあることも、看過できません。例えば、「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」の重要3疾患にあげた「心不全」は「あらゆる心疾患の終末像」であり、寛解と増悪を繰り返し難治性である、という特徴を持ちます。この心不全に関し、疾患登録データ「循環器疾患診療実態調査(JROAD)報告書(日本循環器学会)」を紐解くと、2015年では23万8,840人だった心不全入院患者数は、2018年には28万1,481人と年間1万人以上の割合で増加していることが判ります。2030年には心不全患者が130万人に達するとの推計もあり、今後の超高齢化社会では心不全患者の高齢化も懸念事項です。

さて、患者の増加と高齢化が問題となる「心不全」ですが、最新の日本循環器学会ガイドラインでは、「なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と定義されます。一方、心不全の一般向けの定義は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」と発表されました。特筆すべきは心不全が予後不良の疾患群であることです。心不全の背景にある心疾患は、虚血性心疾患、弁膜症、心内膜・心筋・心膜疾患、不整脈、先天性心疾患など多種多様でありますが、図1に示す通り、心不全に共通する症状、すなわち呼吸困難・倦怠感・浮腫といった心不全兆候の出現を契機に発症し、その後、慢性心不全(寛解状態)と急性心不全(慢性心不全の急性増悪状態)を繰り返し、不可逆的に進行します。一般に心不全の5年生存率は50%であり、予後の悪さは悪性新生物に匹敵します。

(3) 循環器予防医学と啓発の重要性

循環器病対策基本法の基軸のひとつは「予防啓発」であり、同法では国民の責務として「生活習慣の改善による予防等に関する理解と関心を深める」ことを推奨しています。図1に示す通り、高血圧、糖尿病、動脈硬化性疾患、喫煙、腎臓病などは、循環器疾患の発症リスクであります。国外に目を向けると、米国心臓病学会(American Heart Association)でも2020年戦略として心臓病と脳卒中の予防ならびに死亡数の低減を図っており、やはり高血圧、脂質異常症、糖尿病の治療、禁煙、食事、運動、減量が心疾患・循環器病の7項目が予防に有効とし、Life’s Simple 7として推奨しています。循環器疾患を予防するには、生活習慣に対する意識改革が大前提ではありますが、検診や人間ドックを定期的に受けることで、生活習慣病のチェックが行えます。また東大病院予防医学センターで実施している心血管ドックでは、より詳細な心機能評価ができます。「心臓超音波検査」では陳旧性心筋梗塞、弁膜症、心筋症、先天性心疾患など様々な心疾患の検出が、「頸動脈超音波検査」では早期動脈硬化ならびに頸動脈狭窄の評価が可能です。血液検査では、心不全の血液指標としてBNP(B-ナトリウムペプチド)、動脈硬化・脂質異常症の血液指標としてリポ蛋白を測定します。また加齢により進行する血管硬化度や下肢動脈閉塞の有無も確認します。人生100年時代では健康寿命が肝要です。是非とも人間ドックを上手に活用して、健やかな毎日をお過ごしください。

(水野由子)

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